Art Site Horikawa-I

書くことを積み上げ、アート生成に向けての発想・構想力を鍛える。

身近に起こった寄稿後の改ざん事例

知人のSさんからの依頼があり「住民自治と合併問題を考える会」の会報に500字程度の小文を寄稿した。
日頃疑問に思っていた市立の小林古径記念美術館のあり方について書いた。しかし、掲載誌には大事な言葉が改ざんされていた。決意して書いた結語の部分をあいまいにされてしまった。最近で一番気分の悪い出来事でした。会報の発行で、このような個人の意見をねじ曲げるやり方をしていて、自治など語れるのか疑問です。この会とは、今後つきあいをやめることにします。
上記の会報NO.10(4月26日発行)より。

以下が、提出した原稿です。
小林古径記念美術館のこと
          堀川紀夫(美術家)
 小林古径は明治以降の日本画家の中で名作を残し燦然と輝いている。しかし、私は高田公園にある小林古径記念美術館へ再び足を運ぶ気になれない。この美術館の展示作品は本物が一部だけでその他の多くが原寸大レプリカ絵画なのである。
レプリカの定義は、原作者自身が原作を写したコピー(複製品:模造品)である。模写作品とは違う。原作と複製:模造との関係も多種多様ではある。例えばロダンの「考える人」などのブロンズ彫刻の場合、同じ原型から鋳造=複製した複数のオリジナルが世界に存在する。版画は複数性を命に制作する。
小林古径の絵画は一点制作が命である。同館には「極楽井」という絹本に裏箔技法した作品のレプリカもある。表面だけを写したもので全く見るに耐えないものである。
文化都市を公言している上越市の代表的な施設の同館がレプリカを数多く展示している。レプリカは、額縁や表装だけが本物で中身が模造品。そんな展示物を見て感動する人はいない。同館のレプリカは未来永劫レプリカのままであり、何も生み出すことはできない。レプリカを収集してきた同館即ち市当局はまさに税金を無駄遣いしてきた。同館の本物は少ないのだから分相応に本物のみを展示すればよい。以上、一市民の声である。

 ほりかわ・みちお
1946年上越市(旧清里村生まれ)
現代美術の分野でマルチに展開。フリーキューレター活動と美術教育支援も行なっている。