Art Site Horikawa-I

書くことを積み上げ、アート生成に向けての発想・構想力を鍛える。

震災後スタンプ-1

1.9/11からの記憶が3/11の大震災によって上書きされてしまって遠くなったように感じています。3/11以前の世界にもどれないというフレーズも見ました。そのような認識を集約する言葉が御厨先生の「災後」と思われます。その意味の流れの中で、私の災後美術がはじまっています。
この4月号から某月刊誌の表紙やカットを担当する事になっていました。それで作った震災後の「時事川柳スタンプ」です。今後少なくとも月に一度はこのような作品を発表することになります。



2.本日の東北関東大震災関係
東部道路、津波から住民救う 仙台・六郷
河北新報 4月3日(日)6時13分配信
 東日本大震災で被災した仙台市若林区六郷地区で、多くの住民が地区の東西を貫く仙台東部道路に駆け込み、一命を取り留めた。道路が周辺より高い盛り土構造だったことが幸いした。高速道は指定避難所ではないが、震災時の一時避難拠点として見直されそうだ。

 六郷地区で町内会長を務める大友文男さん(79)は自宅近くで荒れ狂う波を目撃した。津波は高さ2〜3メートル。車や家屋を押し流して迫って来て、海を背に逃げた。
 目指したのは約600メートル先の仙台東部道路。目の前にある高台は高速道しかなかった。死に物狂いで走って道路脇の高さ約1メートルのフェンスをよじ登り、のり面を駆け上がって難を逃れた。
 本線には既に約50人の住民が避難していた。妻と娘の姿もあった。「道路のおかげで命が救われた」と実感している。
 六郷地区は太平洋沿いに広がる平地。海抜は約2メートルにとどまり、津波に対する備えが長年の課題だった。
 地域には指定避難所の東六郷小などがあるが、海岸近くで津波の直撃が懸念されていた。東部道路は盛り土で地上約6メートルにあり、住民は津波被害を受けにくい点に着目した。2009年に津波対策連絡会を設け、道路を避難所に指定するよう求める全国でも例のない防災活動を展開した。
 今回の震災で、東部道路は住民の命を守り、がれき混じりの海水が西側市街地に入るのも防いだ。指定避難所の小学校は波が流入し、校庭に避難した住民の多くが流されて犠牲になった。
 大友さんは連絡会のメンバーでもあり、「東部道路が避難先になることが浸透していれば、犠牲者はもっと少なかったはずだ」と悔やむ。連絡会事務長(61)は「行政は東部道路を避難所に指定し、避難階段を設けるなどの措置を早急に講じてほしい」と話している。
(神田一道)
3.奇跡だ」荒れた海 3週間生き抜いた? 漂流の犬を保護(河北新報
海上を漂流中に救助され、塩釜港に到着した犬=2日午後5時すぎ
 宮城県気仙沼市本吉町末ノ埼の沖合約2キロの海上で1日午後2時ごろ、漂流する屋根の上に犬がいるのを、第3管区海上保安本部(横浜)所属の特殊救難隊が見つけ、保護した。犬は2日午後5時半ごろ、宮城県動物愛護センター(富谷町)に引き渡された。震災の大津波で海に流されたとすると、過酷な環境を3週間、生き延びたことになり生命力に専門家も驚いている。
 2管本部(塩釜)によると、行方不明者を捜索中の救難隊ヘリコプターが、犬を発見。潜水士が降下し、漂うがれきの上を逃げ回る犬を助けた。
 犬は体長約70センチの雑種のメスで、毛は茶色。黒っぽい首輪を付けていたが、飼い主の住所などは書かれていない。2日午後、保護した巡視船「つがる」から2管本部の巡視艇に移され、夕方に塩釜港に着いた。巡視船ではビスケットやソーセージを食べ、おとなしくしていたという。
4.東日本大震災
 ソフトバンク孫氏 個人で義援金100億円
毎日新聞 4月3日(日)22時23分配信

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ソフトバンク孫正義社長=長谷川直亮撮影
 ソフトバンクは3日、孫正義社長(53)が東日本大震災の被災者への義援・支援金として、個人で100億円を寄付すると発表した。またソフトバンク代表としての役員報酬(09年度実績は約1億800万円)も、引退するまでの分全額を寄付する。このほか、ソフトバンクグループも企業として10億円を寄付するという。義援金日本赤十字社や共同募金会を通じた寄付のほか、NPO支援、震災遺児支援などに充てると説明している。

【記事を読んだ皆さんもぜひ】被災地への義援金の主な受け付窓口

 孫社長は今回の寄付についてコメントしていないが、震災後に福島県を訪ね、インフラ復旧などへの協力を申し出たり、震災で両親を亡くした震災遺児に18歳になるまで携帯電話を無償貸与する方針も打ち出すなど、公私両面で被災者支援に取り組んでいる。【乾達】