Art Site Horikawa-I

書くことを積み上げ、アート生成に向けての発想・構想力を鍛える。

ニルヴァーナ展-2(1970年8月)

1970年8月12日〜14日のニルヴァーナ展に二つの出品プラン(作品・行為)で参加した。
参加プラン1。137名宛に匿名の差出人の往復はがきで指示を出した。ニルヴァーナ展の宣伝と郵送での展への参加要請を意図していた。49名が指示に応えてハガキを投函してくれた。もちろん、文面にメッセージを寄せてくれた方もおられた。ぶしつけな指示に応えていただいたことに、39年後のここで感謝!いただた返信の中に、滝口修造さんの「Rrose Selavy」(Seのeの上に’が付く)のサインやダダカンのエロチックなコラージュなどが含まれている。会期中に到着したものは特製ビニールケースに差し込んで解除に展示させていただいた。


参加プラン2。五円玉に小さな荷札を付けている。これを会場の内外で配った。

まず銀行で数千円(写真で見ると3千円)を五円玉に両替した。五円玉600枚。

何人かに手伝ってもらって「あなたに五円あげます」とスタンプした小型の荷札を付ける作業。


会場付近の電話ボックスに展示?

会場の案内コーナーのパネルだったと記憶。進呈の字は前山忠さんが書いてくれた。

自己紹介の展示。下手な字である。展との関わりの色々な記録やコメントで構成。

五円玉を受け取ってくれた一人が「荷札のところに宣伝を入れれば、効果的である。宣伝費として考えれば安いと思う」と言ってくれた。
次は、唯一送り返してきた事例。この郵送料が15円かかっていた。

この二つの作品のついての考えは昨日書いた。前衛意識だけが先行し、戦略を考えずにただ前へ進む。そのような展開の結果として、作品の質が低下して行く。「石を送るメールアート」を超える作品を生み出そうと考えていたが、どのようにすればよいか分からない。自分が作り得た作品の作る側からの意味の仕組みは分かるがそれを別な展開にどう応用していくかがわからない。以後しばらくの間このような地平で自分の表現をどうするかについて模索するのである。
左側は前山さんの展示コーナー。

前山忠さん。

佐藤秀治さん。

この展覧会で記憶に刻まれたものがある。長崎の河津紘さんのパフォーマンスに立ち会い、それを撮影した。その写真は美術手帖1970年12月号の特集「行為する芸術家たち」に掲載されている。
最後に、記録集よりこの展の首謀者である松澤宥さんの作品と明石晋さんの作品を掲載させていただく。

「最終美術のために」という展が終わっても、また何かが始まる。その意味がとらえられている。