Art Site Horikawa-I

書くことを積み上げ、アート生成に向けての発想・構想力を鍛える。

1971年の冬

このブログの写真アルバムについて容量無制限とあるのに制限がでてきています。今までの写真を削除しなければいけなくなるので、写真の挿入をしばらく休みます。
さて、1971年に入って内省の時が訪れてきます。高度の僻地校勤務で、食事は宿舎で寝泊まりは集落の間借りの部屋でという生活の中で、こたつに入って一人想像を巡らすわけでした。この頃、永山則夫の「無知の涙」と、松田政男の「風景論」を読んだが記憶があります。この詩を作った日付ははっきりしていません。

ここの意識

こことは どこだ
紛れもなく ここなのに
なぜか ここではないような
凝固と拡散の空間を往来する

こことは どこなのか
紛れもなく辺境なのに
なぜか別天地のような
安堵とやすらぎを覚える

俺はここにいる
おまえも
おまえたちも ここにこい(ここにくるな)

こことは どこなのか
紛れもなく4畳の部屋なのに
都会の雑踏と孤独がドアーの彼方によみがえる
こことは どこなのか
紛れもなく雪の上なのに
五感と六感から
シオニズムと石油戦争を垣間見る

こことは どこなのか
紛れのないおまえ達を前に
おれでも教師でもない
あやふやな自らの存在をさらけだす

ここ
すべて ここから始まる
ここ ここに全てがあるとういことは確かである
こことそこ、そしてあそこがあるけれど
俺はここにいる
こここそ全ての母体